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元行政書士のひとくちコメント

世の中の話題に、元行政書士がまったりコメント。
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7人死亡医師を斬る!
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     こんにちは。行政書士の高田です。

     「次週、衝撃の最終回!」とか言っていたドラマが、何ごともなかったかのように平穏にまとまって終わってしまい、ある意味衝撃を受けた今日この頃です。

     ここ数日、富山県の市民病院で、外科部長の医師が患者の人工呼吸器を取り外し、5年間で7人が死亡していたというニュースが流れています。富山県警は「安楽死」とみて殺人容疑で捜査を進めていますが、当の医師は「尊厳死」だと主張しているようです。似たようで異なるこの違い、あなたにはわかりますか?

     尊厳死とは、人間としての威厳をもって死ぬことで、患者を単に生物としてではなく、人間として生かし、そして死なせることです。最近では、患者本人が望まない延命治療の中止をも指すようにもなりましたが、本人が健康なときに、延命治療を望まないという意思表示をしていることが大前提です。他にも、死期が迫っていることや、自然な死を迎えるという目的に沿っていることが合法の条件とされています。

    なにやら尊厳死に反対する集会が開かれたそうですが、尊厳死を認めないということは、人間として死ぬことを認めないということですから、極端な話、床の上に転がされていても、生命維持装置を着けられている間は生きています。ですが、それは人間として生きているわけではありませんよね。

     一方、安楽死とは、死期が迫った患者に対し、薬などで生命を縮める行為を指します。まさに「楽にしてやる」わけですが、薬で患者を死に至らしめるのですから、客観的に見れば殺人です。当然、合法とされる要件は厳しいものとなり、死期が迫っていて、肉体的に耐え難い苦痛があり、それを緩和する方法がない場合に、患者本人の明確な意思表示がある場合に限られます。

     さて、今回の事件では、医師は人工呼吸器を外しただけですから、積極的に殺したとまでは言い切れませんが、通常必要とされる延命治療を中止したという点においては、消極的に殺したと言えるでしょう。実は、この点についてまだ明確な司法判断はありません。そもそも、どこまでが医療でどこからが犯罪かという基準がない中で、患者や家族の要請を受けて、医師が安楽死に手を染めてしまうのは仕方がないのかも知れません。ですが、本件では患者の家族が人工呼吸器の取り外しに同意していなかったばかりか、説明も受けていないと証言しています。これでは残念ながら、クロの可能性が高いように思います。

     医師に限らず、専門家なら誰でも、自分の仕事に自信を持っています。それゆえ、「俺は専門家なんだから、素人は口を出すな」という考えに陥りがちです。医師は患者のため、音楽家は観客のため、建築家は住む人のため、そして我々法律家は依頼者のために存在しているのだという基本を忘れないようにしたいものです。

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